のこのこいきる

26歳で若年性乳がん患者となりました。現在29歳。治療のことや日記

がんばりどころの話

 今日は、足腰の痛みによって“がんばりどころ”について考えた話です。
 最前から書いているように、ここ数週間は徐々に強まる足腰の痛みに悩んでおり、今週は杖や車いすを使うほど(病院への外出はタクシー)です。
 抗がん剤を投与している時など今までに辛い時は沢山あったのですが、痛みというのは一番何をすることもできず、とにかく全ての行動が制限されます。だましだまし行動するというのもできずに強制シャットダウン状態です。こんなに動けないのはFECの投与後一週間ぐらいまでの時以来かも…。
 さて、私の体感では抗がん剤の苦しみというのはある程度は「我慢」でなんとかなってしまう部分もあり、今まで多くの場面で我慢しては裏では体調最悪、という場面が多くありました。地元での行事での仕事や友人とのつきあい、勉強会への出席など、「自分でやると決めたから辛いのは表に出さない」と決めて必要以上に頑張ってきたと思います。実際、誰かに強制されてやっていることではないので八割方意地です。免疫低下から39度の熱が出てるのにイベントの手伝いとか、誰にも頼まれてないのにやったこともあります。
 しかしまあ、今週は、本当に、無理。今日なんて放射線の照射の後に足が痛くて立てなくて、車いすで運ばれたもんね。そしてその状態になって初めて、「無理です」と言えるようになったことに気がついたのでした。
 病院の後に入っていた予定も「足が痛いので無理です」と電話連絡し、友人と話し合いがあるので日程調整を…という連絡が来ても「悪いけど足が痛いからうちまで来て」とお願いしました。
 そして、そうやって素直に言うと皆快く「いいよ、無理しないで!」と受け入れてくれるのでした。
 今まで必要以上に無理をしていたのは、周りに迷惑をかけたくないから、そして病気以前と変わらないところを見せたいから、という気持ちがあったのだと思います。しかし、時には無理しないで周囲に頼ることも大切なのかもしれません。(もちろん、今まで頑張っていたのを知っている相手だったからこそ受け入れてくれた部分もありますし、一から十まで負んぶに抱っこという訳にはいきませんが)がんばるところと頼るところを間違えないようにしないと、大事なところで何も出来なくなってしまっては本末転倒です。


 そもそも、外で良い格好しようと頑張った結果ずたずたになったのを助けるのはいつだってS氏の役割になってしまうので、彼の為にも6割ぐらいの低空飛行で行くべきなのでした。今日も夕飯用意できそうにないよ、ごめんね。